2009年ヴィクトリアマイル レッドアゲートがマイルでいいの?距離適性と牝馬レース体系に物申す

有力古馬牝馬が勢ぞろいした。豪華絢爛である。
というのは皮肉のつもりだ。

有力古馬牝馬なら何でも揃えばいい、
というものなのだろうか?
近代競馬においては馬の競走能力、調教技術においてもスペシャリスト化が進み、
距離適性という要素は、だんだんと重みを増してきているのではないかと思っているのだが。。


今年のヴィクトリアマイルのメンバーを見渡すと、距離適性を無視して、
やや無理矢理に使ってきたと思われる馬が多い。

距離適性ということを考えれば、

レッドアゲート→目黒記念
カワカミプリンセス・セラフィックロンプ・リトルアマポーラ・ムードインディゴ・ブラボーデイジー・ヤマニンメルベイユ・アルコセニョーラ→金鯱賞

というのが自然ではないだろうか。
例えば昨年は、ベッラレイアが挑戦してきて、本来の末脚を発揮できていなかったところは、見るに堪えなかったし。
一昨年はカワカミプリンセスが人気を裏切って大波乱を呼んだ。
これらの一因が距離適性にあるのではないかと私は見ていたのだが、どうだろうか。

ヴィクトリアマイルにこれほど無理やり使ってくるというのは、
距離適性という重要要素を犠牲にしてまでも、
やはり牝馬限定戦というのは使いたい、極めて魅力的な条件なのだろうか。

距離適性を無視するということは、各馬にとって適当と思われる調教方法を変えてしまうことでもあり、
折り合いや戦法や筋肉の質や、あらゆるところに悪影響を与えかねない危険性まで秘めていると思うのだが。。




思うに、
3歳時においては、クラシックという、何にも増して、伝統と名誉と重みを培ったものがあるがゆえ、
距離適性を無視した出走が目立つのは当然だが、
牝馬に関しては、そのような状況が古馬になってまで続いてしまうというのはいかがなものだろうか?
例えば私はスマイルジャックのような馬がクラシックの重石から解放されて、短距離でのびのびと走っている姿を見ると、心からおめでとうと言いたくなってしまうのだが、
牝馬は古馬になっても重石から解放されないようである。



これはつまり、
適性距離の牡馬混合重賞よりも、適性距離でない牝馬限定重賞のほうがまだよい、
という認識によるレース選択が行われているということである。


結局、
牡馬混合重賞ってそんなにいやですか?
という話であり、

1、牝馬というのは男馬と一緒に走ると萎縮してそこまで大きく競走能力を減退するものなのだろうか?
2、牡馬牝馬間には2キロのハンデ差があるが、これは完全に両者の能力差を埋めうるものではなく、なお牝馬にとって不利な斤量なのだろうか?
といった疑問点に帰着するのだが。これらを深く分析するのはまた後日として。


実際に昨今では、ウオッカやダイワスカーレットが昨年の混合GⅠを席捲した。
海外でもザルカヴァやマカイビーディーヴァなどなど多くの牝馬が混合GⅠで大いに活躍しているのが目につく。
また、仮に牡馬相手では全く通用しないという馬なのであれば、そういった馬たちを寄せ集めたGⅠというのはそんなに面白いレースであるとは思えない。

上記の馬がVマイルに出ていなかったとしたら、かなりお粗末なメンバーだが、
それならそれで、そんなGⅠならば要らないのではないか。
もともと同じ週に同じような距離の京王杯SCがあるのであって、
Vマイルを作ることで、完全に馬を取り合う関係となって、牡馬と牝馬で完全に隔離させてしまうのは、
両方のレースの魅力を少しずつ削り合う関係にあるような気がしてならない。
もちろん、Vマイルが金鯱賞や目黒記念といった重賞からも牝馬たちを拝借することで、
それらのレベルを低下させていることも忘れてはならない。



暴論覚悟だが、
これもひとつレース体系に関する問題提起をしてみた。

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