関東の競馬専門紙を振り返る

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今の時代はレース前日にインターネットで出馬表を見れるのがあたりまえ。データは豊富にあるし便利な世の中になったものだ。俺が競馬を始めた頃の25年前は、前日に出馬表を見るには専門紙を買うしか方法がなかった。そんなわけで前日に専門紙を購入し、夜に"あ~でもない、こ~でもない"と思いながら予想をしていた。その時代の専門紙の価格は300円。どれを愛読するか毎週違う専門紙を買ったこともあるので、記憶を辿りながら各専門紙を振り返ってみる。

【1馬】
関東では断トツに売上No.1だったはず。清水成駿氏のコラム『スーパーショット』が人気で、他の予想家とは違う観点からの予想は今でも俺の予想に影響を及ぼしている。

【馬】
古くからあった専門紙なのかオールドファンに人気があったと思う。本命党は笹川忠、穴党は阿部幸太郎、井崎脩五郎はまだ表に出てきてなかったんじゃないかな。

【ダービーニュース】
他の新聞に比べて本紙が攻撃予想だった。といっても本紙の印は誰かの予想と同じだったはずで、レースごとに予想責任者みたいなのがいたんだろうな。

【勝馬】
二宮に遠藤、山崎っていうのもいたかな。意外と人気があったように思えるが。

【日刊競馬】
今と違ってロゴはオレンジ色だったかな。この時代から柏木集保がセンターフォワードで、宮崎秀一?桧原?飯田?などがいたかな。別に嫌いな新聞ではなかったが、個性が強かった印象。

【競馬研究】
本命党の松沢俊夫?に穴党の池田勇孝?それ以外に目立ったところはなく地味な印象だったな。

【ケイシュウNEWS】
故大川慶次郎氏が独立して設立したんじゃなかったっけかな。ロゴは水色で目立っていたと思う。大川慶次郎はもちろん、塩崎利雄や山崎なんとかというのがいて悪くはなかったと思うが、あまり的中していなかったような・・・。

【競馬エイト】
吉田均が本紙担当になったのはちょっと後だったかな。重賞レースだけ?大橋巨線の予想が載っていたような。
他の専門紙よりも一回り小さく、そのぶんページ数が多かった。

【競馬ブック】
関西ではこれが一番売れていたとか。横書きの紙面は読みづらいという印象しかなかったが、慣れるとこれ以外受け付けなくなるんだろうな。松本憲二はどこにいったんだろう。無印の馬が断然の一番人気になることが多々あったと思う。

【競友】
予想家の名前が一人も思い浮かばない(´゚ω゚):;*.':;ブッ これを読んでいる人はほとんどいなかったもんな。

【トータライザー】
謎の数字が並んでいてまったく理解できない専門紙。買い目は1点のみ。いや3点くらいあったかな・・・。

名前を間違えていたら失礼。うろ覚えなので・・・。見解も個人的なものなので・・・。


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面白い記事がありましたよ。
つい古本屋で注文してしまいました。

コンピュータがまだ、電算機と呼ばれていた頃のお話である。196 9年11月8日、朝日新聞社会面にこんな記事がある。
<競馬ブームに“情報公害”
 コンピューター予想紙へファン殺到>
 リードにはこうある。
<「みなさん、解散してください」「もう新聞は売りません」、黒山の群集を前に、駅長さんが金切り声で、がなりたてる。パトカーがかけつけ る。七日夕、東京の盛り場、国電有楽町駅で起きたハプニングだ。週刊 誌が「的中率84%」と書きたてたコンピューター予想の競馬新聞が騒ぎのもと。発売と同時に、千数百人の馬キチたちが殺到して、血相を変 えて奪い合い、立売りの売店もアッという間にメチャクチャ。とんだ“情報公害”を受けた売店のおばさんは「どうなってるんですか、いまの世 は…」と、泣きべそ顔だった。>
 駅長さんのコメントも味わい深い。
「学生の騒ぎには気を使っていたが、こんなことは初めてです」
 前年の10月には、新宿駅が学生・市民によって占拠される、という新宿騒乱事件が発生したばかり。70年安保闘争のどん詰まり、騒然とした時代の出来事だった。

トータライザーは現在の指数を算出して予想する先駆けのものだったんですかね。
ケイシュウニュースの創刊は知りませんでした。ありがとうございますペコリ(o_ _)o))

トータライザーは創刊時買っていましたね。
「コンピュータ」が魅力的な言葉に聞こえた時代です。

参考にはしていませんでしたが。
柏木久太郎とかそんな名前の人が編集長でした。

ケイシュウニュースは白井新平氏の創刊です。
大川氏は雇われ編集長だったような。

サラブレッド情報センターの白井透、白井牧場の白井民平氏の父。馬術五輪代表の白井岳氏は孫ですね。

なかなか魅力のある人ですね、競馬界では吉田善哉氏と双璧。

Netにこんな記述がありました。

……政党政治を否定することは、右から左までの政党、一切の議会制度、国家組織とその官僚としてのインテリを直撃している言葉である。
――白井新平『競馬と革命と古代史ををあるく』(現代評論社)より
 難儀なことだと思う。日本の競馬を競馬たらしめたのは誰か、ということを調べていたら、こんな親父に突き当たってしまった。
 アナーキスト・白井新平。
 この難儀な親父が発明したもの、日本に初めて紹介したものを列挙してみよう。
 競馬新聞、本命、対抗、穴、単穴、注意馬という言葉。◎○×▲といった記号、アメリカ式のスターティングゲート、決勝写真、パトロール フィルム、トータリゼーション……。
 日本競馬の生みの親といっても過言ではないだろう。そんな先達がこんなことを書く。
<しかし、シンペイのようなニヒルな人間は墓場へ入って焼き直さなければ、その“生き様”が変わるはずがない。この『天皇制を裁く』がシンペイの戦後の第一声であり、踏み出した第一歩だったとすれば、それ から三六年たったいまもやはり、その道をたどりつづけている。喰うための仕事をよせば、天皇制との対決だけが残っている。>

トータライザーは謎だったなあ・・
謎すぎて一度も手を出せなかった・・
どんな人が予想してたんでしょう?

大井で研究を見て的中したときに、印から馬連40倍は堅いだろと思ったら8倍だったときがありますよ・・・orz

ケイシュウニュースって南関版はいまだ愛用してますね~

浦和の予想はちっとも当たんないけど
大井の予想は結構当りますね~

能勢俊介元TMの予想

大西直宏元Jの予想

公式ツイッター(最新予想オッズ・出走予定馬)

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