競馬の楽しみ方

「ニホンピローエースは花ならば桜ですよ」

「桜の花は、いつか散る。その散る時がゴールイン後か、ゴール直前かということがことしのダービーの賭けどころですよ」

 

発売から20日も経って、ようやく6月号の優駿を読み終えました~。

上の文章は、優駿6月号の「寺山修司の世界」っていう、作家(詩人?)寺山修司さんの記事の復刻コーナーからの抜粋です。

ニホンピローエースは1966年の皐月賞馬で、日本ダービーでは2番人気に推されていた馬のようです。

この年のダービーは

1番人気 ショウグン(皐月賞①番人気②着、スプリングS①着、NHK杯②着)

2番人気 ニホンピローエース(皐月賞馬、阪神3歳S①着、NHK杯⑤着)

3番人気 ナスノコトブキ(NHK杯①着 皐月賞 不出走)

 

と、戦国ダービーだったようで・・・・って、それは別にいいですね。

 

 

 

何が言いたいかというと、冒頭の寺山修司さんの言葉は美しく魅惑的で、大変興味をにそそられた。という事です。

 

自分だったら

 

「ニホンピローエースが粘れるかどうか。今回のダービーの焦点はそこでしょう。」

 

と、言ったところでしょうか。 何と言う語呂の貧困さ!! 自分で自分が悲しくなる!

言ってる内容は一緒なのに、興味のそそられ具合が天と地・・・

競馬を詩的に捕らえてドラマ性を持たせた文章がこんなにも面白いものだと、改めて気付かされました。

 

で、改めて考えてみると、そういうアプローチでの競馬の楽しみ方って近年めっきりされなくなったな~と。まぁ、僕の気のせいかもしれませんが。。

 

でも、こういう「詩的に楽しむ」っていうアプローチはなんかワクワクしませんか?

 

というか、新規ファン獲得にも有効だと思うんですけどね。

「予想」という楽しみだけでお客さんを呼ぶのはそれは無理だと思うんですよね。

競馬の予想って、血統・戦績・厩舎・騎手・馬場・コースなど考慮する事多いし、全く知らない初心者にとって敷居高いのと似てると思うんですよね。 株に通じるところがあるというか。

かといって、「スポーツ的な感動」という側面に立ってみれば、社台一色に染まり、騎手や調教師が自己主張出来なくなり(しなくなり)、距離や条件なども細分化されて効率化された今の競馬では、そちらも望みずらいというか。。

 

AKBやらエヴァとのコラボなど、突発的なイベントも良いですが(競馬という言葉に注目させる初期もド初期のアプローチとしては良いと思う)、その次の興味を喚起させるツールが不足しているように思うのです。(そういう意味では、プレイした事ないですけどJRAのサイトであった競馬を題材とした萌えゲームは良いアイデアだと思います)

 

なんか話題がそれましたね。

 

 

 

予想という行為だけでは競馬に対してモチベーションが昔ほど保てなくなってきたというか。

でも、競馬は好き・・・ここ1年くらいもどかしいジレンマだったんですけど。

 

今月号の寺山修司さんの記事を読んで、「ああ、これだ」って思えたんですよね。

詩的に楽しむにはいろいろ博識でないといけないし、その事象を楽しめるように置き換えるセンスのようなものも必要だと思うんですけど。そして、それが自分にあるとは到底思えないんですけどね~。

ある意味詩的にとらえている?井崎周五郎さんなんかは、改めて凄いと思えます。

 

 

 

 

 

おまけ

逃げ馬を桜と解釈すると。。

サイレンススズカなんかはもう、綺麗な桜色のソメイヨシノですよね。

桜は開花期間が短いのもまた人気の一因ですが。。

ずっと咲き誇ると思われながら、予期せぬカタチで突如として散ってしまったサイレンススズカという桜は、寺山修司さんがいたらどのように例えられたでしょうかね。

 

そして、サイレンススズカですら散ってしまったのを見ると、永遠に咲き続ける桜は存在しないのか。。

と、思ったらダイワスカーレットが登場。

桜(ソメイヨシノというイメージ)が良く似合うアグネスフローラにスカーレットが混ざって生まれたダイワスカーレットは自信の重厚さも手伝って八重桜のイメージ。

ソメイヨシノ(サイレンススズカ)よりも開花期間の長い八重桜(ダイワスカーレット)は、ソメイヨシノほど可憐ではなかったけど、ソメイヨシノよりも長く咲き、現役を咲ききったんだな~。

 

みたいな?

 

 

 

駄文を失礼いたしました。

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