【超高速馬場化問題特集4】競馬という娯楽の変化~さらばハイセイコーさらば寺山修司の巻

「さらばハイセイコー」で、
私は競馬を始めた。
寺山修司のこの詩には、今でも、
私が理解するところの競馬の全てが込められていると思っているのだが・・・


そこで語られている競馬というのは、一言で言ってしまえば、
「自己投影」。


少年工も、売春婦も、ピアニストも、車椅子の少女も、
誰もがハイセイコーに自らを乗せて、
自分を応援するがごとくして単勝馬券を買う。


私などが陳腐な表現でまとめてしまうのは恐れ多いが、
「感情移入」や「自己投影」といったものに違いはないと思う。


当時も今も、
日本の社会構造に大きな変化が生じたわけではあるまい。
ほんの一握りのエリートと、
大多数の一般庶民で構成されていることに違いはないはずで、
だとすれば競馬ファンの多くは、
ディープインパクトには自分の影を少しでも重ね合わせることはできなかったはずだ。



シンボリルドルフが圧倒的な強さを誇っても、
ブームを起こすことができなかったのと同じで、
ディープインパクトも強いだけのこの馬が人気を博すとはとても思えなかった。
しかし、これは私の「競馬=自己投影」という古い考えに基づく見込み違いだったようだ。



今や競馬は、すごいものを、人知を超えたスピードを、スーパーホスを見物しにいくもの。
強い馬、圧倒的に強い馬が出てくるほどに競馬は盛り上がる。
個々が自分なりの好きな馬を見つけて、それぞれに楽しもうという、内なる楽しみではない。
スーパーホースの誕生を、圧倒的なスピードを、衝撃の瞬間をみんなで見物しよう!
というものになったのだと思う。



クラブケイバというのもそういったことなのだろう。
馬って速いよね、
すごいタイムだよねやばいっしょ、
まさかまさかの末脚、
マジ上がるんだけど~~↑↑

みたいな。。


続く


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